【開催レポート Vol.2】
おおいた事業承継・引継ぎ
フォーラム2025 in 日田
未来へつなぐ経営のバトン。
日田市から始まる、新たな挑戦の記録
開催概要
  • 日時:2025年11月26日(水) 13:00~15:00
  • 会場:日田市複合文化施設AOSE 1階 多目的ホール
  • 対象:経営者、後継者、個人事業主、創業希望者、支援機関(金融機関、商工団体、士業)の方など
日田会場 アーカイブ動画 (1時間48分)
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講演・トークセッション レポート
■ 開会挨拶・基調講演
 別府会場(2025年11月14日開催)とほぼ同じ内容ですので、具体的な講演内容は、別府会場の開催レポートをごらんください。
開会挨拶
井上 勝美 氏
大分県 商工観光労働部
経営創造・金融課 課長
基調講演
宮地 繁彰 氏
株式会社事業承継パートナーズ
代表取締役 統括事業責任者
別府会場の開催レポートはこちら
■ トークセッション1
テーマ:『経験者が語る! 親族内承継のリアルと成功の秘訣』
 今回登壇したのは、日田市で就労継続支援A型・B型事業所、自立訓練、グループホームを運営されている株式会社シンシアリー代表取締役の平川加奈江氏。家業には入らず障がい者雇用に特化した会社を起業され、60歳を期に事業を息子へ託した、その思いを深堀し共有してくださいました。ファシリテーターは、基調講演につづき、宮地 繁彰 氏が務めました。
平川 加奈江 氏
トークセッションの内容

事業承継を考え始めたきっかけや経緯は?
元気なうちに引き継がなければ…実父の急逝した経験を活かして
宮地繁彰氏(以下宮地):まず、事業承継に興味を持ったきっかけや背景について。ご自身で会社を創業後、60歳を機に社長職を息子さんへ承継されました。承継を決断された背景にどんな想いがありましたか。
平川加奈江氏(以下平川):私は結婚を機に、父の経営している財津製作所という自動車部品製造業に入社しました。経理や労務を担当し、父と一緒に仕事をしていましたが、私が35歳、父が60歳の時に事故で突然亡くなってしまいました。一緒に仕事をしていたけれど、経営を知らないままでいました。父の仕事をなんとなく傍らで見ていましたが、自分のやる仕事以外はわからないまま。製造業ですのでモノは作れますが、5年、10年後のことや社員の処遇、設備投資などまったくわからないままの状態でした。金融機関ともいろいろと苦労し、知らない状態で相談する人もいないのは良くないと感じて、私が元気なうちに次の代に渡さなければと考えて、60歳で承継しました。
宮地:お父様が突然お亡くなりになったのですね。
平川:病弱な母を代表にし、弟は製造を、私は労務経理で分担して。わからなければ父の伝手を頼りながら教えていただきました。いつまでも泣いていられない。けれど成り立っていかないような状態を何年も続けていました。
業務以外の事情と先が見えない不安感に翻弄
宮地:親族内承継の理由として、社長の不幸という理由も多いです。その際、親族内という中でのことをお話できる範囲でお聞かせいただけますか?
平川:ものづくりは何とかなります。ただ、母は経営に携わっていませんでしたし、若い2人のどちらかが社長になったとしても、介護の問題がありました。あとは外部干渉、取引先からいろいろと言われた時に逃げられません。それならば、配偶者である母を代表にし、ものづくりと中の経営事務的な部分を子どもが一生懸命にやることで、一時をしのいでいるような経営をやっていました。年数をかけてわかっていきましたが、その間の不安は社員も同じで、何もわからない者が役職になり、ついて行くのは不安だったでしょうね。会社の成長が見えない状態が続いていましたから。ただ、多くの方から支援をいただき、知恵も頂きました。
宮地:私がお受けした承継相談の例を紹介します。老舗の醤油会社で経営者が高齢でいらしたので、ご子息が経営だけでなく専門的な研究の方に進み始められて。そこから醤油だけでなく調味料などの研究をなさっていました。飲食店へ販路を開拓し、海外展開のサポートをしながら事業を広げていきました。社長が突然の不幸によってなくなられたとしても、準備をしていて承継が上手くいったケースです。
安定経営の先に見えた「目指す方向性」の違い
事業の効率化にそぐわなかった「守りたいこと」
宮地:続いて、承継を進めていくうえで難しいと感じた点、悩んだ点を伺います。具体的なお話を聞かせていただけますか?
平川:家族間でのトラブルはなく、弟が社長になりました。製品技術が上がったことで取引が増えて、会社は安定しましたが、私としては障がい者が働ける場を作りたい。しかし弟は利益を追求したいし、新しい機会を入れて製造業の道を進みたい。弟の考えと私が思う理念が違ったんですね。理念が違えば一緒にやることは難しいし、一緒にいることが辛くなります。そこで私が創業しました。理念を浸透させるのは最も難しいです。『自分はどんな会社にしたいのか』という理念の刷り込みを後継者の息子だけでなく、社員に浸透させるのに苦労しました。
宮地:承継だけでなく、経営者に理念を結びつけていくのはとても重要ですし課題になりますが、親族内であればなおさら、長年の付き合いもありますし大変でしたでしょうね。
平川:家庭内のいざこざをお話するのは気が引けますが、障がい者と一緒に仕事をするとなれば、職員との関係性が大事です。障がい者とともに仕事をするのは、どうしても非効率につながります。製造業は効率主義で、人の手をどれだけ省いて利益を上げるかが追求されるので、意見が食い違うのは当然のことでしょう。なので、別会社を設立しました。
理念や思いが異なれば離れてもいい
平川:事業承継をする際、えてして理念が違えば別会社に行ってしまう、ということをお伝えしたいです。家族でありながらも別会社になるという事。承継をしてもらえない可能性が出てくるということです。自分の会社では最初から、理念と進んで行く方向について、対話し理解させていくことに力と時間を使いました。
宮地:ここで、親族外の承継についても事例をご紹介します。第三者が新しく社長になって、口約束で役員ということを決めていたのに、時期を定めておらずに契約を結んでいなかったので、後ほど社長とトラブルになった。幹部になってもらうことを伝えていたけれど、結局ならなかったため関係性が悪化したケースがあります。折り合いを付けながら価値観を共有すること、文字化して契約を取り付ける、定期的に話をすることが重要だと思っています。
また、M&A締結後に負債が発覚したというケースもあります。その場合、われわれの業者団体や会計士が介入して査定をするのが重要ですが、親族外の承継をするのも難しいので、センターや担当相談員に話を聞きながら進めていただきたいと思います。
事業経営で何を大切にするか、いかに継いでいくか 
平川:理念の浸透と同時に、やりがいや経営の楽しさを体感させることが大切だと思っています。経営者は、実現できるプランを立ててどう動くか。自分で考えさせてトライする。結果をまた受け止めて成功させる。経営者しか味わえない達成感を従業員にも実感させて、経営の楽しさややりがいを体感させてあげられます。理念が共通であれば手法は違ってもいいんです。ただ、それが独りよがりではなく、社員とともにやれるように、やって成功するのが楽しさだと感じてもらいながら任せていきました。
宮地:親族内承継の難しさはそこにありますね。譲る側としての思いはあっても、そこはあまり口を出さずに、ですか?
平川:はい、時代が違いますので、息子との考え方も違います。例えば、私世代はパソコンが難しくても息子はサクッとやるように、今流でいいから理念さえ崩さず成果が出れば。客層も私とは違うターゲットとして表れてくるわけですから。
宮地:実際には静観して何もいわない部分と、息子さんへ話をする部分があると思います。その線引きはどこですか?
平川:考え方ですね。お互いのやり方は違っていい。けれど、「みんながいい、みんなでいい」というふうに、みんなのためになるならいいんです。それに沿っていればいいといったようにシンプルにしています。
父から承継した「思い」を実現するために
宮地:このトークセッションの前に平川様からお父様の理念を伺ったのですが、皆さんにもう一度お話いただけますか?
平川:父がどうして会社をやっているのか、これをしっかり聞くことは大切ですね。親子で話をするのは難しい点かもしれませんが、親の思いを子に託すために、十分に説明し話をしていただきたいと思います。私は亡くなった後に他者から父が設立した経緯を聞きました。そこで経営のやり方が腑に落ちました。だからこそ父の思いを繋ぎたいと思い、頑張れています。究極は、お話をすることですね。
専門家のサポートから感じた“後押し”の大切さ
支援機関の取り組みに参加してモチベーションがアップ
宮地:続いて、事業承継における専門家支援機関における、専門的・具体的な活用方法について伺います。先にお話いただいた障害を乗り越える中で、専門家のサポートが役立った場面はありましたか?
平川:自分の息子は、どう見ても「ひよこ」なんです。私がいればモジモジして、そこに頼りなさを感じていました。どうやら自信がなく、自分の意見や思いを整理して口に出せず私の陰に隠れてしまう。これをどうにかしなければ、と思っていたところ、金融機関さんが「大分県事業承継・引継ぎ支援センターなどを無料で使えます」と教えていただき、皆さんと出会うことができました。そこから、後継ぎが集まる県の後継者育成プログラム『GUSH!』に参加し「アトツギ甲子園」という取り組みに出場し、自分の甘さや課題をぶつけ合う経験が刺激となったようです。「同じ世代でこれだけ考えて、やっている人がいる。自分はまだまだだ」と感じて悔しくなったようで、勉強していきましたね。これでもか、というほどこの集まりで叩かれて、今は自分の意見を堂々と言えるようになりました。無料ですし、本当に使い勝手が良いと思います。
宮地:いろんな後継者さんが後継ぎ甲子園に参加されていますね。刺激を受けながら、異業種とつながっていて、「頑張ろう」と思っている方も多いです。
同じ悩みを持つ「2代目」同士の繋がり
平川:2代目なりの共通する悩みを相談しながらやっていますね。そのつながりは強く、先日も集まりがあったらしくて、後継ぎ甲子園に出られた方のその後の活動を私に熱く語ってくれたり。私に言えないようなことも後継者同士で相談し合っているようです。お得な情報も共有しています。
そこで知り合った方とビジネスマッチしたり、次のビジネスにつなげたり、ということも行っています。弊社は農業で小麦を作っていますが、仲間から繋がってスコーン屋さんに納品するようになりました。「非常に香りが良い」と評判のようで私たちも喜んでいます。
承継後の経営との関わり方
理念を確認しながら、基本は社長に一任
宮地:ご苦労を超えて、実際に息子さんへ引き継いだ後はどうですか?現在、平川様は会長職として、息子さんである新社長をどのようにサポートしていますか?
平川:私があれこれ言うことはありません。私は、社外に出て留守をすることが多いので、社長がそこでいろんな判断や決断をして指示をしなければなりませんから。私は事後報告を受ける形にしていますが、疑問に思った時は「どうしてその判断をしましたか」と尋ねます。すると、息子の考えを知ることができますし、それに対して「こうしたらいいのでは?」とアドバイスします。私がその場にいなかった責任もありますし、アドバイスはするけれど基本はすべて丸投げです。ただ、福祉サービスですので、障がい者の方に対する支援の在り方は、経験がなければ難しいです。この応援だけは、直接私が出向いて対応を行っています。
社内全員とのコミュニケーションを常に円滑に
宮地:息子さんからの報告の場面で、親子間のコミュニケーションが難しいという問題も聞きますが、そこはいかがですか?
平川:スマホなども使います。私も息子も口達者で、意思疎通はよくやっています。また、毎日ミーティングを夕方に1時間ほどやります。会社では、障がい者の方がどんな行動をしてどんなアドバイスをしたか、など話し合いの場を設けて、社員と息子に「理念から基づいた行動であればいいよね」と確認しています。外れたことがあれば、どうしてそうしたのか、こうすべきだったのではないか、とその日のうちに修正をかけます。そうでなければ誰もが忘れてしまうんです。正解も褒めます。私が不在の時は、社員と社長で報告を行っています。
宮地:定例会のような取り組みなど、社長が上手に教育されているように感じるのですが。
平川:私の考えを社員に浸透させることを創業以来ずっとやっていますので。当然、一方通行ではありません。社員からも発言や質問、報告があり、1人1人がどう動いているか、どう考えているかもわかりますから。
宮地:コミュニケーションが非常にお上手ですね。
平川:父の会社では、仕事が終わればサッと帰る感じでした。けれど、弊社は報告が必ず発生します。障がい者の方がどんなことをやったか、必要項目を記す帳票類がありますので、1人が書いてしまえば他の人はわかりませんし知りません。誰がどうしたという報告書を書く時にみんなで一言ずつ話す。職員の考えややり方、障がい者の方の様子がその時に理解できるんです。
宮地:平川さんは、本当にコミュニケーションをしっかりとられているなと思いますね。
ここで、PMI(経営統合)について問題点などの事例を紹介します。M&Aは、買い手側からすると契約締結がゴールになりがちです。実はその後が重要で、買い手側に興味がある方もいらっしゃると思いますが、時間を区切ってスケジュールを立てること。何を変えて何を変えないか。システムや取引先などある程度期限を区切って決めていくことです。
次に、人がやはり大事ですね。お金ももちろんですが、ビジョンや理念が共有されていなければ人はついてきません。これが原因で、社員が全員辞めたという事例もありますし、慎重にコミュニケーションを取りながら進めることが大事です。
事業の未来は社会貢献に直結する
障がい者は将来の課題に活躍できる存在
宮地:これから事業承継を考えている方にアドバイスをお願いできますか。
平川:弊社は障がい者が働くことをサポートしますが、働く仕事に金属加工や農業、ホテルの客室清掃、食品加工など人手不足の企業様を応援しています。その応援が、私たちの考える地域社会の課題解決になるはずです。
農業の後継者不足によって、耕作放置された田畑が問題にもなっています。弊社は、田畑合計6丁ほどで酒米や小麦を生産しています。IT企業の人材不足は深刻で、試算表などデータ作成も行っています。
私の子も障害がありますが、障がい者は大人になるまでどれだけ阻害されてきたか。頼られることもなく生きてきた方が大半です。生まれて何かしら必要とされる喜びを味わってほしいのです。人手不足のところへ応援へいくと「来てくれてありがとう」という言葉を必ずもらえます。障がい者の方が成長する元にもなります。
この会社を立ち上げて、順調に進めて大きくして次に繋げたいのです。地域に必要な会社になっているはずだと思っているからこそ、次に承継したい。しかし、後継者が社長という肩書を持って、すぐに役割が果たせるかといえばそうではありません。私がいなくなってもやっていけるように育てなければならない。私が14年しか経っていない会社を息子に承継したのはそのためです。自分では「まだやれる」と思っていますが、息子が社長としての経験を積めないまま年を取ってしまいます。年を取った後では、いろんな人に教えてもらえなくなってしまいます。ならば、「若くてアドバイスを頂けるうちに社長経験を積ませよう」と考えたので。皆さんも、この地域になくてはならない会社です。早い段階で承継して、社長を育ててほしいと思っています。
宮地:お話を伺っていると、ご自身の会社というより、大分の地域をいかに盛り上げるか、活性化するかに生きがいと言いますか、経営の楽しさを感じつつ感動しました。地域に対しても経営のバトンをつないで頂きたいと思っていますので、各専門家や承継サービスを利用して、地域のために未来へつないでいただきたいです。
質疑応答
宮地:ここからは質疑応答の時間とさせていただきます。
質問者:経営理念とビジョンについて、平川さんが広められたということですか?
平川:はい、自分の会社ですので、理念とビジョンは自分で作り上げました。息子も今年、初めて経営理念の成文化を行い、自分なりに作ったものを持っているようです。
質問者:株式の移転はもう終わっていますか。これからですか?
平川:毎年、少しずつ譲渡していますが私の方が多めに持っています。100%信じるかといえばそうではありませんので(笑)
宮地:では、以上でパネルディスカッションを終了します。平川さん、ありがとうございました。
■ トークセッション2
テーマ:『地域ぐるみで事業承継を支える日田市の取り組み』
 日田市は大分県内でも先進的な取り組みをされています。市役所、商工団体、金融機関が連携して事業者の事業承継を支える取り組みを6年続けられています。このセッションでは、関係する皆さんに登壇いただき、事例も交えて紹介しています。
【登壇者】
・ファシリテーター:中小企業基盤整備機構 中小企業アドバイザー三室忠之氏
・事業者:永瀬グリーンビジネス 永瀬 博之 氏
・支援機関:日田商工会議所所長 桑野稔氏、同係長 黒木正信氏、日田地区商工会 経営指導課長 山田尚記氏、日田信用金庫 業務部業務課課長 佐藤大輔氏
永瀬 博之 氏
トークセッションの内容
日田市バトンタッチワークショップの事例
承継にノンアクションの小規模事業者が多い現状
三室:日田市の取り組みに関して、事業承継バトンタッチワークショップの取り組みについて事例紹介をお願いします。
桑野:まずは、日田市の小規模事業者における事業承継の現状と課題について。
日田市をはじめとする地方都市の小規模事業者の位置づけとしては、単なる1事業者の企業活動にとどまらず、日常生活に不可欠なインフラとしての地域生活機能、地域の雇用維持、相互の経済活動に置ける地域経済循環の源泉といった側面もあります。長年培われた技術や職人の技、地域特有の文化継承など魅力や個性そのものだといえます。
一方、小規模事業者(個人事業者)の承継については、後継者不在や決まっていないといった人材不足、課題の先送り、経営者個人への依存度の高さによる業務プロセスの属人化などを理由に、事業承継に至っていない現状があります。
何から着手すればいいか、どう支援するかに苦慮 
桑野:とはいえ、事業承継は経営者の多くが直面するテーマです。円滑な承継には5~10年を要するといわれており、早めの準備と計画的な取り組みが重要です。具体的なプロセス、必要な準備、後継者の育成など、何から取り組めばいいかわからずに悩む方も多いのが現状です。商工会議所をはじめとする支援団体、支援者側としてもヒアリング調査から案件掘り起こし、事業承継支援を進める中でのスキル不足も当初はありました。支援停滞する状況に閉塞感がありました。
事業承継は自分ごと、具体的に捉えるためのワークショップ
桑野:その中で、当時の中小機構九州本部の事業承継コーディネーターの西本様より「経営者と後継者が本音で話せるような機会を設けよう」という提案があり、日田市・日田商工会議所・日田商工会・信用金庫の4社で企画し、また大分県事業引継ぎ支援センター、中小機構の協力を頂き、令和2年度より経営者と後継者を交えたワークショップを開催しています。本日登壇されている、三室先生に講師として進めていただいています。
同ワークの目的は、経営者と後継者が現状把握と自社の強み、課題を抽出し、経営力、収益力の強化をはかり、今後の事業承継計画を策定、共有することで、当事者意識を参加者の皆さまに醸成していただくところにあります。実際に事業承継を行った県内事業者、後継者の皆さんの体験談や、経営者・後継者でグループトークを通じて意見交換をしたり、支援者を含む三者で話し合いを進めながら計画を策定しています。
また、ワークショップ終了後も支援団体職員が、各事業所に伴走し、事業承継実現に向けた後押しをしています。
ワークと相談を重ねて現実的・前向きな意見も
桑野:全体セミナーやワーク、各グループワークを実施しますが、これらの活動を通じて、事業承継を意識していただきながら、支援者のスキルアップにもつなげて今期6回目を行いました。
毎回5~8社の参加があり、皆さまからは「まだ先の事だと思っていたが、経営者と後継者の年齢を10年分書き出して、こんな年になるのかと意識、本気度が変わった」「単に代表者が変わるだけだと思っていたが、事前の準備も多く、時間もかかるということが参考になった」「自社の現状を客観的に見つめ直すことができ、事業承継だけでなく今後の事業展開の参考になった」といった意見があります。すべての事業者が承継に至ったわけではありませんが、おおむね「良かった」「考えるきっかけになった」と前向きな感想を頂いています。今後もそのようなきっかけとなるべく、引き続き実施していきたいと思います。
三室:紹介いただいたように、私も講師として参加しています。特徴的なのは、3日間ありますが、初回は少し面倒そうにされている皆さんが終わる頃には「参加してよかった」といっておられるのが印象的です。また、九州でも宮崎と熊本は同じような取組をやっています。ただ、6年続くというのはなかなかなく、日田の皆さんの熱量の高さゆえだと思います。参加頂いた永瀬様に、後ほど事例を紹介していただきます。
商工会議所の支援事例
三室:では、商工会議所様から、支援事例をご紹介いただけますか?
黒木:通常の親子間、従業員、M&Aではなく、今回は商工会議所にご相談にいらしていた事業所同士が承継するといった事例を説明いたします。『廃業の美容室から立ち退きの美容室へ相互利益の事業譲渡』をした事例です。
店舗を失い再建が難しい美容室A
黒木:令和7年2月に、開業以来ずっと私どもに経営相談されていたA事業者から連絡がありました。「家主から『建物が古くなったので解体して更地にする』と、立ち退きの要請が急に来た」とのことでした。5ヵ月しか猶予がなく、移転再開の融資が必要と判断しました。公庫に相談したところ「事業融資は厳しい」との回答があり、資金調達が難しく廃業もやむを得ないと思ったところでした。この美容師は46歳女性の方で、他のサロンにはないこだわりの薬剤を使用したり、アレルギーに特化した美容室でした。
コロナ禍で客足が途絶えた美容室B
黒木:開業当時から経営相談を受けていた美容室B。令和7年3月、「十数年間商売をしていたもののコロナ禍以降に客足が戻らず、息子にも相談して5月で廃業を決めた。家主に廃業を伝えると、契約上の店舗原状回復が必要でまとまった退去資金が発生する」との相談がありました。廃業する事業への新たな借入は難しいと考えていました。代表者は63歳の女性です。店は中心市街地にあり、マンション建設があったりと好立地。顧客年齢層が50代、非デジタル層の方が大半でした。
同業同士の事業ドッキングを提案
黒木:ここで、Aの立ち退き事業者とBの廃業事業者と、居ぬきで営業をさせたらお互いに最低限の費用で済むのではないか。ドッキングさせようとひらめきました。
B訪問後に、Aへ連絡し、「お客様がついているので美容室を続けたい」との意向を確認しました。廃業予定のBへ同行して「営業する」という意思確認訪問をし、双方の連絡先を交換しました。廃業が近いため顧客が殺到し、職員が間に入って話をするのが難しい状況が続いていました。
その後、AはBの店舗での営業を決意しましたが、Bと細かい合意形成ができない・面と向かって本音が言いにくい状況。職員が話を中間的に聞いたものの進まず、事業承継支援センターの制度を利用する旨をお互いに伝え、書面契約で合意を目指すことにしました。センターへの相談と同時に、入居店舗先の設備(残留物と廃棄物)について話をするよう提案し、不動産会社、保健所など関係先にも連絡するよう助言しました。
令和7年4月にセンター・事業主・職員の三者で個別に本音をヒアリングし、契約書に落とし込む内容を確認。「わずかでも金銭での売買譲渡したらどうか」という提案を受け、センターが契約書を作成。双方に確認し、センターの顧問弁護士に法的観点から契約書内容を確認。令和7年5月1日にセンター職員立会いの下、契約内容を説明し双方で調印。譲渡金が振り込まれ、無事に締結しました。
1週間後に店舗引き渡しが行われ、5月11日から営業を再開。外観はほぼそのまま、店内レイアウトや什器を変更し、前オーナー店の雰囲気を刷新しました。現在は、以前からの顧客と前オーナーの顧客を引継ぎ、売上も上がっているようです。
利益が絡む、まとまりにくい話は第三者介入で
黒木:『居ぬき物件の後受け』と簡単に考えており、双方の話し合いで進むだろう思っていましたが、やはり他人同士で利益が発生するため本音が言いづらくなります。ここで、事業承継センターという第三者が介入することで意見をまとめることができ、後々のトラブル発生を防げたのではないかと思っています。
当初、金銭売買は考えていませんでした。センターの助言により、受ける側は金銭を支払って譲る側への条件付加を可能にし、譲る側は金銭を受け取ることで引き渡し義務が発生するようにしました。Aは事業再開の時短が図れ、負担が減った。そしてBは、原状復帰費用を減らせて、わずかでも収益が発生しました。不動産会社は家賃収入の空白を補うことで収益減少を防げたので、三方良しで良かったと思っています。
三室:ドッキングという手法が印象的ですね。日々の信頼関係は商工会議所ならではの関わり方でしょうね。事業承継の事例紹介でした。ありがとうございます。
父の病気がきっかけで親族内承継 - 当事者の思い 
三室:商工会の事例として、永瀬様にお話を伺います。事業内容を紹介します。先代のお父様とチェーンソーアートの事業に見えますが、実際は、山中の作業道である林業道を作るという林業土木の専門的な仕事をなさっています。事業に就任する以前は何をされていましたか。
永瀬:高卒で愛知に行き、米子で働いて、一度実家に戻りました。その頃は競馬が好きで、思い付きで馬の育成牧場に行こうと思って北海道に行きました。ただ、想像以上の安月給で、また愛知に戻りました。6年ほど、いろいろな自動車関係の期間従業員を続けて、その頃に父がガンの診断を受けて、期間満了して大分に戻り、3年一緒にやって父が他界しました。そのまま継ぎました。
三室:大分に戻る前にいろいろなところで働いていたけれど、お父様の病気をきっかけに後を継ごうと思ってらしたということですね。戻ってすぐに技術修得など、大変だったことはありますか?
永瀬:やっぱり、何から何まで自分でやらなければいけない、特にお金の管理(承継後)ですね。
山田:永瀬さんが大分に戻ったのが2021年。そこから2年ほど経ったころに、先代お父様にバトンタッチワークショップをご紹介しました。お父様から「行って来い」と言われて参加されたということですね。その時点での事業承継予定は2026年。「帰って5年ほどで一通りの仕事を覚えてから事業承継しましょう」と計画を立てました。ですが、お父様が亡くなられて急遽2024年に承継することになったということですね。
永瀬:そうですね。
三室:期せずして、といいますか。バトンタッチワークショップに出ることによって準備できたということになりますね。計画を作っておいて良かったこと、思い出などはありますか?
永瀬:やはりお金の話ですね。やはり、自分が戻った時に父が機械を購入し、その支払いをしないまま先に逝ってしまったのでその負担が自分に来て、支払いを頑張っています。お金が入ってくると人はどうしても使ってしまうもので。後先考えずに使ってしまい、来年の確定申告が怖くて怖くて。生きた心地がしませんね(笑)
山田:そこをどうしてもお話したかったと(笑)。事前にヒアリングした内容ですと、お金の管理にすごくご苦労されたという話でして。売上は入ってくるようになったものの、きちんと管理されていなかったから大変だったという話ですね。
永瀬:そうです。それをこれから改めようということで、皆さんも気を付けられたほうがいいと思います。
三室:皆さんへのアドバイスまでいただき、ありがとうございます。他にお話しておきたいことはありますか?
永瀬:やはり、健康診断には行きましょう。病気になってからはあっという間ですから。病気になる前に。それは父が教えてくれた事だと思っていますので。
三室:本当にそうですね。ありがとうございました。商工会様、事例はございますか?
山田:2026年に承継をする予定で、お父様が昨年亡くなられたので。急な事でしたが、事業者との距離が近いのが商工会の一つの武器ですので。事前に話をして事情や経済状況、事業内容もわかっていましたので、スムーズに移転支援ができたかと思っています。
ただ、これから私たち周辺の地区は高齢化が進んでいますし、このような事例が増えていくだろうと思いますので、早めに計画を立てて伴走型支援するのが大事かなと思っています。
日田市の第三者承継 - 現状・課題と支援の取り組み
三室:では最後に、ここまで親族内承継の話でしたが、M&Aもございますので、日田市内の情勢や事例をご紹介ください。
藤:お客様の様子と地理的な状況から、福岡県内や都市圏にある売上約10~20億規模中小企業が日田市の事業に注目しており、M&Aの形で譲渡されるケースが多々あります。ただ、私としては良くないかなと思っています。
理由として、先に宮地様が「地域内のM&Aはシナジーがあまりないので弱い」という話がありましたが、地域外からM&Aが起こると事業継続のために雇用は守られますが、もともと地元で商売されていた事業者が日田市内で資材を調達していて経済的な消費が生まれていることになります。それが、福岡都市圏内の企業が親会社になってしまうと、やはり規模の経済が働いて、親会社で購入したほうが安くなるとなり、市内消費が途切れてしまいます。日田市の中での経済消費循環が切れてしまうので、私どもとしては、地域外からのM&Aよりも地域内で引き継がれるといいなと考えています。メインバンクとしても親会社が県外になればサブバンクになってしまうこともありますので。
三室:ありがとうございます。お伝えしたいことがあればどうぞ。
佐藤:地域内M&Aを進めたいと思っていますので、当然事業を廃業したい・譲りたいという方がいらっしゃれば、私どもに相談いただきたいですし、逆にもっと事業拡大したいという話があれば、皆さまの方から相談いただければ。マッチングできるような流れも今後、作りたいと思っています。どちらでも結構ですので私ども支援者へご相談いただきたいです。
三室:ありがとうございました。冒頭でも申しましたが、日田市は本当に先進的に取り組まれています。何か相談ごとがありましたら、ぜひ地元の支援機関に相談して頂きたいと思います。トークセッション第2部は以上です。皆さまありがとうございました。
主催・共催
主催
  • 大分県 商工観光労働部
    (委託先:大分県商工会連合会)
共催
  • 大分県事業承継・引継ぎ支援センター
 
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