【開催レポート Vol.4】
おおいた事業承継・引継ぎ
フォーラム2025 in 竹田
未来へつなぐ経営のバトン。
竹田市から始まる、新たな挑戦の記録
開催概要
  • 日時:2026年1月15日(木) 13:00~15:00
  • 会場:竹田市城下町交流プラザ 多目的ホール
  • 対象:経営者、後継者、個人事業主、創業希望者、支援機関(金融機関、商工団体、士業)の方など
竹田会場 アーカイブ動画 (1時間56分)
Loading...
講演・トークセッション レポート
■ 開会挨拶・基調講演
 別府会場(2025年11月14日開催)とほぼ同じ内容ですので、具体的な講演内容は、別府会場の開催レポートをごらんください。
開会挨拶
井上 勝美 氏
大分県 商工観光労働部
経営創造・金融課 課長
基調講演
宮地 繁彰 氏
株式会社事業承継パートナーズ
代表取締役 統括事業責任者
別府会場の開催レポートはこちら
■ トークセッション
テーマ:『経験者が語る!事業承継・M&Aのリアルと成功の秘訣
 今回登壇したのは、家業の土木建設会社を継ぎ、また、民間救急の新規事業を立ち上げられた、有限会社フクコー代表取締役の瀧本裕也(たきもとゆうや)氏と、取締役の瀧本博子(たきもとひろこ)氏。そして、旅館業を通じて親族内承継と第三者承継を経験なさった、有限会社トラベルイン吉富取締役の井上真由子(いのうえまゆこ)氏です。
 瀧本夫妻には、先代である父から家業を引き継いだ親族内承継について、また、新規事業に着手された経緯を。井上氏には、義両親から旅館を承継された経緯と、事業拡大を図り第三者承継した旅館での現在の様子など、それぞれの立場から経験に基づいた思いや考えを伺いました。
井上 真由子
瀧本 博子 氏・瀧本 裕也 氏
トークセッション

登壇者の経歴と事業承継するまで経緯
夫婦で家業を守るために転職
宮地繁彰氏(以下 宮地):まずは、皆様に、経歴や事業承継にいたるまでの経緯についてお伺いします。
瀧本 裕也 氏(以下 瀧本(裕)):私は竹田市久住町で高校まで過ごし、その後、自動車整備士を目指して愛知県へいきました。20歳で竹田に戻り、自動車ディーラーに7年ほど勤務しました。昨年から義理の父と共同経営で土木の会社を経営しています。加えて、民間看護救急のチャンネルを増やして頑張っているところです。
瀧本 博子 氏(以下 瀧本(博)):中学まで久住町で過ごし、大分市内の5年制看護科コースに進学して20歳で看護師になりました。県内病院に就職し看護職をしていましたが、2019年に父の会社へ転職し、県内でも先駆けとなる民間救急(医療行為を必要とし、救急看護ほどの重篤な状態ではない患者を車で搬送する)という新たな事業を立ち上げました。事業承継は去年から始めたばかりですが、経験談をお話しできればと思います。
井上 真由子 氏(以下 井上):こんにちは、私は竹田城下町で宿を2件営んでいます。出身は緒方町で、竹田高校を卒業して一旦竹田を離れましたが、結婚を機にこちらに戻って、嫁ぎ先の家業である宿屋に20年携わっています。創業100周年を機に事業承継し、コンセプトホテルに変えました。昨年、ご縁があって竹田市にある「御宿一竹(おやどいっちく)」を承継することになり、現在に至ります。
憧れと子育ての両方を事業承継で叶えられた
宮地:親族承継を経験された瀧本様。義父が経営する会社を夫婦で承継されたということで、先代から話があった経緯を伺えますか?
瀧本(裕):夕食時の日常会話で「高齢になったからそろそろ廃業しようか」というワードが出たのがきっかけでした。私は深く考えずに「継ぎます」と返答し、そこから進んでいきましたね。当時私はディーラー勤務で、子育てのこともありましたし、義父と一緒に仕事をやっていく決意をして、数年間の経験を積み引継ぎをスタートしたところです。
瀧本(博):自宅に行って夕食を食べていた時に、父が「70になったら廃業しようか」と言い始めて。私は看護の仕事をしていましたし、姉が中学の先生をしていて「姉妹で後継ぎもいないし」と話していたところに、夫が「俺やります」と返事をしたのです。
それを聞いて父も「あと数年がんばるか」と、やる気になりました。私も3人目の子どもを妊娠していて、土日に主人がいない状態で子育てをすることに不安がありましたし、「一緒に子育てをしてくれたほうがありがたい」と思い、このタイミングでの転職話になったのがきっかけですね。
瀧本(裕):本当に何も考えず、「ゆくゆくは自分の会社になるのか」といった感じで話したのは覚えています。私の家系も祖父が工務店の社長をしていました。そのような姿を見て憧れがあったのは確かです。社長という仕事に対して良いイメージを持っていましたね。
宮地:憧れがあって「きた!」といった感じですね。直感が良かったのかもしれませんね。奥様は建設業と全く異なる看護師の仕事をなさっていましたが、どのように思われましたか?
瀧本(博):私も深く考える方ではなく、3人の子育てを考えると「土日が休みの仕事に変わってくれるなら良し、家庭が回ることを優先したい」と思っていました。また、彼は人づきあいが上手いですし、外仕事も好きなので大丈夫だろうと思っていました。
瀧本(裕):社長からは、「子どもは突然熱を出したり、授業参観などの行事もあるし、孫優先で働いてくれ」といった話をしてもらえて有難いと思っています。
宮地:それが親族内承継の良さでしょうね。ライフワークバランスを考えて働けるという点。このような例がありますので、参考にしていただきたいと思います。
結婚して宿屋の女将に
宮地:親族内と第三者の承継を経験された井上様。ご主人側の家業を承継した経緯、きっかけをお聞かせください。
井上:結婚を機に帰郷し、職を探していたのですが、宿屋は朝から晩まで忙しいので「ちょっと手伝ってよ」から始まり、なんとなく手伝っていたらそのまま流れで働いたといった感じですね。
主人は会社員として働いていましたので、義父母と私で働いてきて20年経ち、なんとなく「私が継ぐだろうな」とは思っていました。主人に相談したところ、一緒に承継することになって自然な形で引き継ぐことになりました。
宮地:以前から「夫婦で継ごう」といった話はされていたのですか?
井上:息子が継いで奥さんが家業に入る、という流れが自然なのでしょうが、継いで欲しいと言われていたわけではありません。
瀧本さんが「社長になれる」とおっしゃったように、おかみの仕事に対してどこか憧れがあったのだと思います。テレビで見るようなイメージでしか知りませんでしたが、お客様や接客の仕事には興味がありましたね。
第三者承継でさらに多店舗経営も
宮地:宿泊業に加えて、第三者承継で割烹を引き継ぐきっかけは、何かあったのですか?
井上:宿の100周年を機に山宿に転換したのですが、その時に、山のふもとに宿をたくさん展開していきたい思いから『ふもとあるところに吉富あり』というスローガンを決めたのです。多店舗展開を考えて宿を探していた時に出会いました。それもご縁かなと思います。
宮地:親族内と第三者からの承継という、2つを経験しているのは珍しいと思いますが、大きな違いはありますか?
井上:第三者承継をして実質6ヶ月ほどですが、やってみてわかったのは、「どちらも一緒だ」ということです。先代の思いが必ずそこにあって、それを自分の思いで変えてしまうのはやはり企業文化を損ねてしまうという点で、基調講演の話は勉強になりました。
宮地:第三者承継はスピード感、直感と同時に、結局は“人”ですからね。数値やAIではわからないような部分が重要だと思っていますし、井上様のお話は参考になります。
私が過去に事業承継をした中で印象的だったのが、前回の佐伯でもお伝えしたのですが、とあるドクターが病気になり、事業承継を進めていった事例です。
事前にご本人からは「従業員を引き継いでほしい。妻にお金を残して欲しい」と言われており、奥様ともお話していましたが、オンラインの打合せで「患者さんを引き継いでほしい。その一言に尽きる」と言われ、翌日にドクターが亡くなったと連絡がありました。その言葉が私にとって遺言のように感じられました。
患者さんが病院で並んでいる姿などに触れ、承継と相続を考えながら、地域の患者さんをどうやって引き継ぐか。われわれの仕事だけでなく、地域で守っていかなければいけないものだと感じました。1つでも会社が潰れると、周囲の人や会社に影響します。少しでも廃業を止めたい、という思いをこのクリニックの承継で感じました。
承継を進める上で難しかった、悩んだ点について
何をどう進めるか…筋書きができたことで動き始めた
宮地:承継を実際に進める中で起こったトラブルや、経験者だから感じたリアルな悩み、先代社長との思いや考えの相違などありましたか?
瀧本(博):現時点では、それほど大きな問題は無いと思っています。お互いに譲られも譲りもしたことがないので、何から進めていいかがわからず、いつ何をどうするのか、とは感じていましたね。
父はマイペースな性格で「いつかやればいいだろう」な人です。私たちも「誰かが教えてくれるだろう」と思っていました。商工会の方が「そろそろではないか」と話をくれて、支援センターを紹介していただき、5か年計画を作っていただきました。
昨年から、やっと順調に進み始めたという感じです。自分たちだけでは難しかったですね。父も年齢を重ねていくにつれ、体も認知機能も弱っていくでしょうし、このタイミングで始められてよかったと思っています。
宮地:先代からはどのような形で引き継がれたのですか?親子だからこそコミュニケーションが取りづらいと言われる方が多いのですが、いかがですか?
瀧本(博):すべて担当の方に教えていただきながら進めてました。今後どうしていきたいか、という話から、5年計画で、共同代表という形をとりながらその間に引き継ぎ、後に単独代表となり父は会長となる、といった流れです。経理のほうも同じく、母がしていた仕事は私が担う、という計画を立てました。
うちは、両親、夫婦とも家族全員がおしゃべりなんです(笑)。日常会話からすべてのことが始まっていると思います。
宮地:2025年に裕也さんが共同代表になって、新規事業も始めたと伺いました。親子だからこそ言いづらかったことなどもありませんでしたか?
瀧本(裕):新規事業は2019年に立ち上げましたが、やはり義理の父ですので、実の子に言うような感じではなく、私も率直にものを言えていない雰囲気がありながら、その関係性の中で良いバランスがとれていて、折をみて事業立ち上げの話をしました。
2019年といえばコロナが流行した頃です。私はディーラーで働いていましたし、病棟勤務で妻が家に帰ってこれなかったという経験をしました。また、大分県内で転院搬送する手段、方法がないという問題も大きかったので、そこに注目しました。
宮地:「地域に貢献したい」という気持をきっかけに、ニーズを見いだしたということですね。それも、地域から承継していくのは素敵な話ですね。
建設業は取引先が多く引継ぎが難しい、また職人さんなど引継ぎに問題が起こるといったケースも見聞きしていますが、信頼関係を築くうえで先代とどのように連携を図りましたか?
瀧本(裕):私が転職した時から、常に先代社長と一緒に軽トラに乗って、関係者や職人さんの所に一緒に出向いたり、二人で行動していました。そこで、こんな取引をしている、どこにどんな取引先がある、など聞いていたので、さほど苦労はなくスムーズにやれていると思っています。
宮地:前の取引先からすれば、親族の承継で信頼があり、また仲良くされているのが伝わってくるのでしょうね。
先代の「女将としてのすばらしさ」を感じながら
宮地:井上様は、第三者承継の難しさ、交渉で悩んだ点などありますか?
井上:やはり相性でしょうね。事業拡大して頑張りたい私どもと、思いの高さがあるお相手で、とても良い形でした。
ですが第三者承継の場合、それまで全く関係のない誰かが、いきなり関わり始めるわけです。女将は旅館の顔ですし、ドキドキしながら初日を迎えましたが、ひいきにしてくださるお客様が快く迎えてくれました。先代女将が事前に「承継した、跡取りだ」と話してくれていたらしく、私もそのような人でありたいと感じましたね。スタッフの皆さんへも同様に話してくださっていました。
宮地:「承継=終わりだ」と感じる方もいる中で、先代が信用して任せ、それを引き継いだというのが大事ですね。関係ない人だと言われて急に離れてしまう、といったことは、M&Aでよくあります。同じビジョンを持っているから、問題なく引き継いでいかれたのでしょう。先代から「引き継いで欲しい」と言われたことなどがあれば教えていただけますか?
井上:現在は、先代と一緒に仕事をやっていて、私の立ち位置は若女将です。最初に話を頂いた時「引き継ぐなら『女将として居られる方』でなければいけない」と。この言葉にプレッシャーを感じるかと思っていましたが、嫁いで仕事を始めた時「女将になりたい」と思った気持ちを振り返り、思いのある方から引き継がせてもらえたのは嬉しかったですね。
宮地:私が関わった承継でのトラブル事例で、お父様が建設業、二代目となる息子を幼い頃から知っている番頭さんがいらした会社の話をします。番頭が、息子をつい子ども扱いしてしまう。さらに、息子とすれば、自分が社長なのに番頭さんが口を出して言われることに納得できず、結局は会社を分割して離れてしまった、というケースがありました。
同じ価値観を共有すること。これは非常に重要です。親族内でも同じですが、何よりも重要なのは人。商品価値を共有できる人とやれるか、これが重要な判断材料になると思います。
ビジョンの共有や人がかかわる部分は、センターや支援機関ではお手伝いができませんし、協力とは違う部分に課題があることが多いです。一緒にやっていきたい、価値観を共有できる。これが大切です。
事業承継における専門支援機関の活用
わからないからこそ専門家を頼るべき
宮地:いろいろな障壁を超えていくには、支援機関は不可欠だと思います。瀧本様はどのような専門家のサポートが役に立ちましたか?
瀧本(博):先ほどもお話しましたが、商工会から支援センターを紹介していただいて完成した計画書が大変役に立ちました。まだ1年目ですが、それに沿って5年間進めて行く予定です。
父は今年で76歳になり、「そろそろ話をしておかなければ。80歳になるまでには」と思っているようです。元気なうちにキリが付けば本人も楽かな、と思っています。
宮地:私も商工会でサポート活動をしていますが、「どうして相談してくれないのかな」と感じる方は多いですね。
瀧本(博):相談に乗ってくれた方は皆さん、良い方ばかりでした(笑)本当に、私たちが何もわからない中で、いろいろ助言を言ってくれたり、くみ取ってくれる感じでしたね。ぜひ利用するべきです。
諦めずに最後まで伴走支援してもらえた
宮地:井上様は、第三者承継を進めるうえで、専門家や金融機関などをどのように活用されましたか?
井上:私は親族内承継も経験していて、嫁いだ先がお世話になっている竹田商工会議所の方がずっと支援してくださり、気にかけてくれていました。事業承継の大分県事業承継・引継ぎ支援センターさんを紹介していただいて、親族内承継を無事に行えました。
いずれにしても『伴走型』はありがたいですね。右も左もわからないところで、しかし「自分でできるんじゃないか」という考えもあって。「いや違うよ、こんな計画があって」と、何年もかけて、何度となく話を繰り返し聞かなければ頭に入って来ませんでした。そこで、根気強く話をしていただけたから今がある、と思っています。第三者承継の話があった時も、すぐに「お願いします」と伝えました。スピーディーに進めることができ、早い段階でお願いする決意ができましたね。
宮地:支援センターは親身になって進めてくれますので、活用していただきたいですね。優秀な方がたくさんいらっしゃいますし、信頼できる方ばかりですので、早めにご相談してい頂きたいです。
信頼できる専門家の選び方についてお話します。やはりここでも“人”だと思います。信用できる人に相談できるか。相性もあるでしょうが、商工会や引継ぎセンターは公的機関ですし、親身になってくれます。
われわれのような民間企業の場合は注意が必要です。ロジックで説明するのが得意だったり、感覚で見る方だったりと、特徴や得手不得手があります。進めていく間にもいろいろな波、紆余曲折があると思います。その時に寄り添ってくれる相手が大事でしょう。
税務や法務のテクニカルな部分は専門家に任せて、アウトソースしていくことはできるでしょうが、親身に寄り添ってくれて、信用でき、最後まで任せられる方を選ぶのが大切ですね。
事業承継後の状況 今後の取り組み方について
守るべきは守り、時代に合わせて変化も
宮地:瀧本様、現在の状況についてお聞かせください。
瀧本(裕):今は共同経営で、先代がやってきた流れをそのまま継承していますが、パソコンを使った経理など、支援下さる方と一緒になって変えられるところは変えていこうという段階ですね。
宮地:ご年配の方はどうしても「横文字が嫌だ、パソコンは苦手」といわれる方が多いですが、ソフトの導入やDXの関係もスムーズにやってらっしゃいますか?
瀧本(博):父はパソコンの電源も入れられませんので(笑)、文句も言いません。「やりたいように、イマドキのやり方で、働きやすいように変えて良い」と言ってくれています。
デジタル化していけるところはしていきたい、という考えで、母もそれに同意してくれています。先代社長の意向などはなく、スムーズにできているとは思います。
宮地:それは一番の理想かもしれませんね。とてもスムーズに業務改善されているようですね。引き継がれている最中で、お父さんの考え方やご夫妻が今後引き継いでいきたいと思う取り組み方など、残していきたいものはありますか?
瀧本(裕):土木では、公共工事で田や道路の災害倒壊した場所などを復旧することが仕事になります。地元の方とのふれあいや、人との繋がりを大事にして、地元のためにできることを常に考えていけるような会社でありたいと強く思っています。
多角化展開によりニーズの掘り出しと経営安定を実現
宮地:民間救急の新規事業についてはいかがですか?
瀧本(博):医療機関に病院車がない場合、転院搬送の時に介護タクシーを呼んで運ぶ場合もあるのですが、酸素・吸引などが必要な患者さんを搬送するのはどうしても救急車を呼ばなければなりません。全国的にも救急車の不正利用が訴えられていて、そのエリアに救急車がなければ隣接地から呼ばなければならず、数十分のロスが発生したりします。もし違う場所で救急要請があれば、さらに離れた場所から救急車を呼ぶという時間的なロスは、地域として危ない状況だと感じていました。
他県の状況を調べた時に、民間救急という看護師や救急救命士、医師が始めた事業があることを知りました。福岡県などでは十分に成立している事業で、全国的にも事例が多いのですが、大分県には全くありませんでした。これは仕事にすべきだと、自分の働き方を変える意味でも始めることにしました。
宮地:それを民間で、しかもご自身で県内初の事業を大分で始められたとなると、応援したいと思いますし、活躍していただきたいですね。土木と介護の異色な組み合わせですが、どういった相乗効果がありますか?
瀧本(博):土木工事業は経営に波があります。災害はない方がいいのですが、災害があれば仕事が増える。なければ仕事が減るというのが特徴です。民間救急やタクシー事業は通年ある仕事で、波がそれほどありません。経営を安定させる意味で、異業種をやるのはいいのかなと感じます。
大分県内全地域で活動していますが「これまでなかったので助かる」という声はたくさん頂いています。県外へ出動することもありますし、「必要としてくれているんだ」と感じています。
先代が培ってきたものと宿のあり方を守りたい
井上:旅館が舞台になったドラマなどご覧になったことがあるでしょうが、まさに朝早くから夜遅くまでずっと営業するのが宿屋の常です。朝ごはんからご出発、清掃、昼をはさんで夜のチェックイン、夜の食事…これをずっとやっています。
承継した『一竹』には料亭機能があり、仲居がいて料理長がいて、全体でお客様をお迎えするというのが新鮮でした。今は修業中の身ですが、楽しいですね。一竹に入ると「気」が違うんです。お客様をお迎えする姿を是非ご覧になって欲しいですね。
宮地:良い雰囲気で、井上様が楽しんでいらっしゃるのがわかります。実際に承継された後、お客様の反応に変化はありましたか?
井上:ごひいきのお客様が多く、女将さんファンを囲む憩いの場のような雰囲気がありますので、そこも併せて、女将さんからやさしさと伝統文化を引き継いでいきたいです。
先代は「引き継いだ後は変えていいよ」と言ってくれています。ですが、「一竹が好き」と言われるお客様がいらっしゃいます。そして「残してくれてよかった」と言われるお客様がとても多いので、良さを伝えつつ時代に沿った宿屋にしていきたいと、女将さんとも話しているところです。
宮地:従業員さんとは、企業文化をどのように引き継いで共有していらっしゃいますか?
井上:一竹の顔は女将さんです。みんなが女将を見ています。そして、従業員同士みんな仲がいい。おやつの時間などがあって、その時にコミュニケーションを取っていますね。お茶の入れ方や好み、コップまでみんなわかっているんです。
宮地:楽しい職場の雰囲気がお客様にも伝わっているのかもしれませんね。承継の中では、互いの事業を統合しシナジーを最大化するのが大事です。承継で文化や従業員を守りながらお客様にも違和感を感じさせない。これはとても重要です。
「自分が変わる」ことで承継が上手くいった 
宮地:会社のどこを変えてどこを残していくか、経営の中で悩まれている方が非常に多いです。井上様の考える「変えるべき、変えないべき」についてお話を伺いたいです。
井上:変えたことは、自分の固定概念や先入観、考え方ですね。親族内承継では、自分が良いと思ったことをやってしまったんです。先代が大事にしていた骨とう品を、私は『ただ古いもの』と認識していたり。そこできっと悲しい思いをしたと思います。先代の思いは変えないでいきたいです。
一竹の先代が大切にしているのは、従業員、そしてお客様です。大切なことのためにしっかりと準備をし、厳しいこともすべて愛情から表現してくださっています。その気持ちに応えられるように毎日話をしています。
宮地:親族内承継を経験されているからこそ、女将さんとのコミュニケーションが取れていて、変えるべき、変えないほうがいい、と決めていかれているのでしょうね。参考になります。専門家から言われた、ではなく、信念とビジョンを持って、いろいろな決定をされておられるのですね。
これから承継を考えている経営者、後継者にむけて
宮地:事業承継を検討している方に向けて、アドバイスをお願いします。まず瀧本様から。
瀧本(裕):まず、私たちでは考えても答えが見つからないようなことを提案してくださったり、右も左もわからない状況から計画を作っていただいたり、悩みを聞いてくれたりしてくれるプロの方が身近にいますので。いいように活用して、相談されて会社を良い方向に持って行っていただきたいです。私もまだまだ力をお借りしていきたいです。
井上:瀧本さんと同じですが、商工会議所の方は私が結婚した20年前からずっと支援してくださっていて、本当に感謝しています。
第三者承継をして思ったのは、自分たちがやりたいと思うことよりも、都市でみんなから愛されている事業がなくなってしまう恐怖といいますか。竹田という地域が100年続いて欲しい、という思いから自分ができることを1つずつやっていこうと思います。
宮地:ありがとうございます。人として魅力があるからこそ承継も上手くいっているように感じます。1人でやる事にはどうしても限界があります。ですので、各種専門機関を頼りながら、地域活性化のために事業承継をやっていた方が楽しいと思いますし、バトンを繋いで頂きたいと思います。
主催・共催
主催
  • 大分県 商工観光労働部
    (委託先:大分県商工会連合会)
共催
  • 大分県事業承継・引継ぎ支援センター
 
© 2025-2026 おおいた事業承継・引継ぎフォーラム事務局
(大分県商工会連合会内)